ピアノ曲で「アラベスク」と言えば、ほとんど同票で2つの曲が挙がるでしょう。ひとつはブルクミュラーが書いた「25の練習曲」より第2番「アラベスク」、そしてドビュッシーが書いた「2つのアラベスク」より第1番です。この2曲はピアノの発表会の定番でもあり、弾くことにあこがれを持っている方も多いでしょう。

それにしても全く違う楽想を持つブルクミュラーとドビュッシーの「アラベスク」ですが、そもそもどのような音楽を表す言葉なのでしょうか?

アラベスクの意味

「アラベスク」は「Arabesque」と書き、「Arabe」+「-esque」という成り立ちをしています。「Arabe」は「アラブ」のことで、「-esque」は「~風」を表す接尾辞です。つまり、直訳すると「アラブ風」となります。「-esque」を使った単語としては「グロテスク」(Grotesque)が有名ですね。曲名では「ユモレスク」(Humoresque)も有名です。アラビア文化は音楽・文学・美術・建築・衣装など様々な分野で独特で華麗なものとなっていますが、現在でも世界中に溶け込んでいるものの一つがアラベスク文様でしょう。

偶像崇拝を禁止するイスラム教は幾何学的文様で神性を表現します

アラベスクと単純に言った場合、このアラベスク模様だったり、アラベスク様式の建築を指すことが多いです。

ヨーロッパからみたアラブ文化

アラブ世界とは、アフリカ北部からアラビア半島までの地域を指します。ヨーロッパとアラブ世界との接点は主に二つの経路があり、一つはスペインとモロッコを繋ぐジブラルタル海峡で、地中海と大西洋の境目です。スペインの音楽がアラビア音楽に近いルーツを持つのはこのためです。

そして、もう一つはトルコで、600年以上続いたイスラム文化の大帝国であるオスマン帝国とヨーロッパには歴史的に常に密接な関係がありました。様々な戦いと講和がありましたが、文化芸術もまたお互いに影響しあっていたわけです。

イスラム建築の壮麗さは目を見張ります

自らの国の文化と異なる文化に関しては政治的な敵対・同盟とは関係なく憧れを持ちやすいものです。

最も有名なピアノ曲「トルコ行進曲」はなぜトルコ風?

たとえばマルコ・ポーロの「東方見聞録」や、作者不詳の「西遊記」などの、遠方への冒険とその文化を書いたものが多くの誇張を取り入れられながらもベストセラーとなったのはこのような異国への憧れがあったからだと思われます。

曲名のアラベスクは実はシューマンが元祖

ブルクミュラーの「25の練習曲」は1852年に、ドビュッシーの「2つのアラベスク」は1891年に出版されていますが、シューマンは1839年に「アラベスク」を出版しています。

この曲は楽譜を見るとまさにアラベスク模様のような幾何学的にすら思える規則的な音形が続きます。

規則的で美しい譜面です

また、この楽想は同じく1839年に出版された「子供の情景」の第1番「見知らぬ国と人々について」と良く似ています。幾何学的な模様から、幻想的な情景が生まれてくる様子をアラベスク模様に例えたのかもしれません。

アラベスクと似ていますね

ブルクミュラーの「アラベスク」

ブルクミュラーはドイツ出身の作曲家・ピアニストですが、生涯の多くをパリで過ごしています。ブルクミュラーの「25の練習曲」はヤマハがピアノ教則本として採用したのをきっかけに、日本ではこの曲集が有名になりました。特に第2番「アラベスク」は指の独立や左手の細かい動きというピアノ独特の技術が要求される難曲であると同時に、個気味良いリズムで弾けると楽しいことから絶大な人気があります。この曲は日本だけでなく、世界中で愛されています。

この「アラベスク」はあまりアラベスク模様を想起させる感じではなく、むしろ行進曲風です。様式としてはトルコ行進曲に近いでしょう。これは「アラベスク」をアラブ風と解釈したほうが良い例です。

ピアノのレベルは初級で、ピアノを始めて8か月~2年くらいで挑戦すると良いでしょう。

演奏するにあたっては、5本の指を均等に弾けるようにすることが大事ですが、均等にしようと思いすぎると力んでしまい逆に不自然になってしまうことがあります。このような時は、均等に弾くのではなく、クレッシェンドを付ける練習をするのがおすすめです。

左手の和音が行進曲を想起させます

全ての音を同じように弾くのは難しいだけでなく、無味乾燥な音楽になってしまいます。まずは大げさにクレッシェンドを掛けて、それからだんだんとその幅を小さくしていくと、綺麗にコントロールされた音を弾くことができます。

ドビュッシーの「アラベスク」

ドビュッシーはフランスを代表する作曲家で、世界の文化に関心がありました。「2つのアラベスク」はドビュッシーが26歳のときの作品で、初期の作品となります。ドビュッシーの初期の作品は親しみやすく旋律も明快でありながら、古代・中世を懐古するような和声を持っていることが特徴です。

ここでは「アラベスク第一番」を中心に見ていきましょう。ブルクミュラーの「アラベスク」よりはシューマンの「アラベスク」に近い楽想ですが、シューマンよりさらに伴奏と旋律の境目が曖昧で、分散和音と旋律が絡み合って楽曲が進んでいきます。

流れるような美しい曲です

また、テーマは右手が三連符で左手が八分音符とリズムも複雑に絡み合っています。

この複雑さは唐草文様を思い起こさせるものです。あるいはイスラム建築かもしれません。

ピアノのレベルは中級で、ピアノを始めて2年~5年くらいで挑戦すると良いでしょう。左手から右手へ、そして右手から左手ヘと移っていく分散和音は、両手のバランスが取れていることはもちろんのこと、フレーズを大きく捉えることが何より大切になってきます。3連符ひとつでひとかたまりのように捉えてしまうと流れるような楽想を表現できません。この曲も記号が書かれていないところでもクレッシェンドとデクレッシェンドを使って、2小節単位だったり4小節単位だったりの大きなフレーズを作っていきましょう。演奏に合わせて実際の呼吸を行うのも大切になります。

2拍3連のリズムは誤魔化すのではなく、正確なリズムをゆっくり作ってから、徐々に速くて身に付けてください。簡単な曲ではありませんので、数か月かけてじっくり取り組むのがお勧めです。