クラシックピアノの一つの到達点ともいえるショパンの「練習曲集(エチュード集)」を見ていきましょう。ショパンの「練習曲」は全部で27個あります。そのうち、Op.10(オーパス10)に含まれるのが12曲、Op.25に含まれるのが12曲です。この計24曲が、いわゆるショパンの「練習曲」として有名です。残り3曲は「3つの新練習曲」という名前で、ピアノの教則本のために依頼されて書いた曲となっています。

練習曲の意味と位置づけ

「練習曲」という響きだけ聞くと、なんだかつまらなさそう、という印象を受けます。実際、計算帳や漢字ドリルのようなものが思い浮かぶ響きです。ショパンはパリで生活していたこともあって、「練習曲」をフランス語で「Étude(エチュード)」と命名しています。これは英語の「Study」とそのまま対応する言葉ですが、「研究」という意味合いもあり、「練習」よりかは広い意味の言葉となっています。

とはいえ、ピアノ教本で有名なツェルニーにも代表されるように、「エチュード」というと、ピアノの技術を取り出して、簡単な構成の曲にまとめた練習のための曲、というイメージが強い言葉でもあります。

ショパンがエチュードを1833年に発表してからは、「エチュード」が単なる「練習のための曲」という意味から、「卓越したピアノ技巧を用いながら作曲上の実験を含む小曲」という意味に変わってきました。

ブラームスは「練習のための曲」として「エチュード」を書いていますが、リストやドビュッシーやプロコフィエフやスクリアビンなど、ショパンの後の多くの作曲家は、演奏会の主役としても相応しいほどの作品を数多く残しています。多くの場合「エチュード」は作曲家とピアニストが極限まで表現と技巧を追求した作品なのです。

ショパンは練習曲を12曲で1巻としました。これは、バッハの「平均律クラーヴィア曲集」が全ての調から成る24曲(各曲は、前奏曲とフーガからなる)であることを意識したものでしょう。

ショパンの「練習曲集」は2巻あわせて24曲となりますが、全ての調を使っているわけではありません。

とはいえ、その調の構成が無秩序になっているわけではなく、全体で一つの大きな作品となるように、計画されています。

なお、ショパンの「前奏曲集」は24個の調から成る24曲の曲集となっています。

単体で有名な作品

まず、エチュードの中で、単独でもよく演奏される曲を見ていきましょう。「練習曲集」というくくりの中で、これほど多くの有名な曲が含まれているというのは、ショパンにしか為しえないような偉業でしょう。

なお、タイトルは通称であって、どれもショパンが付けたものではありません。伝統的に呼ばれているタイトルもあれば、比較的最近名付けられたものもあります。

別れの曲Op.10-3

1934年のドイツ映画「別れの曲」では、史実に基づいてショパンを描いた作品ですが、このフランス語版が日本で上映されたときのメインテーマがこのOp.10-3でした。そして、この曲は「別れの曲」と呼ばれるようになります。つまり、この愛称は日本特有のものなのですね。

黒鍵のエチュード Op.10-5

右手がキラキラと輝くような技巧を魅せ、グラデーションのように移り変わる和声・・・という印象の曲ですが、この曲の仕掛けはタイトルにもある通り、右手の技巧はすべて黒鍵で成り立っているというところにあります。黒鍵は5種類の音しかないため、制約も大きいなか、このような多彩な響きを作ることができるのはさすがショパンといったところですね。

革命のエチュード Op.10-12

革命が失敗し、故郷ワルシャワが陥落したとの報を受け、半ば心神喪失の状態で書いた曲と言われています。衝撃的な序奏から、止まることのない左手の伴奏が印象的です。大胆の不協和音や、転調などを含んだ激情的な音楽は、ショパンらしさがよく出ています。

エオリアンハープ Op.25-1

まず、楽譜を見た時に、その見た目にビックリすることでしょう。細かい音符が五線上のあちらこちらにびっしり詰まっている様は壮観です。その見た目に反して、音楽は極めて繊細で、美しい旋律と和声を持っています。このタイトルは、シューマンによるものです。

木枯らし Op.25-11

静かな序奏から一転、音の嵐の中に放り込まれるような体験をします。波状に押し寄せてくる音の連続に圧倒されるなか、低音から力強い旋律が響きます。中間部では成立していることが奇跡のような激しい転調の連続があり、ショパンの究極のピアニズムを垣間見ることができます。

大洋 Op.25-12

これもエオリアンハープと並んで、楽譜の見た目に圧倒されます。ダイナミックに波打つ十六分音符の連続は、楽譜だけ見ても嵐の大洋を想像させます。音楽も極めて激しくダイナミックで、低音から浮き上がってくる旋律に圧倒されることでしょう。

Op.10の構成

すこしだけ、分析的にOp.10全体を眺めてみましょう。

ここで活躍する概念が「カデンツ」と「近親調」です。

「カデンツ」は、ここでは大雑把に「II→V→I」進行、あるいは「IV→V→I」進行のことだと思って下さい。近親調とは、「属調」「下属調」「平行調」「同主調」のことです。

ショパンは12曲を配置するのに、同じ調が隣り合うようなことはせず、一曲一曲が独立して聞こえるようにしていますが、一方で、全体を通して演奏しても作品として成り立つように、曲と曲との繋ぎに仕掛けがあります。

具体的につなぎ方を見てみましょう。

1番から2番:平行調

調号が変わらないため、自然につながることができます。

2番から3番:終止をIVと捉えたカデンツ

アウフタクトの一音を挟んでスムーズに次の曲に入り、段階が進んだ印象を受けます。

3番から4番:平行調

ここでは、楽譜に「繋いで演奏しなさい」という意味のattaccaの指示があります。

4番から5番:終止をVと捉えたカデンツ

力強く繋がる印象を受けます。

5番から6番:平行調

明るい5番から、Op.10のなかでも最も陰鬱な6番に繋がり、ここで曲集に一区切りがつきます。

6番から7番:共通音

ずっと陰鬱な雰囲気だった6番の最後の最後に明るいト音が来ます。これをピカルディ終止というのですが、その音を7番で引き継いで、1番と同じだったハ長調で始まります。これは1番の調が帰ってきていて、後半の始まりを感じさせます。

7番から8番:共通音(下属調)

7番は力強くハ音で終わりますが、それが次の8番のアウフタクトのハ音に繋がり、下属調に行きます。これは自然な繋がりであるとともに、8番のアウフタクトに必然性を持たせています。

8番から9番:同主調

後半は、7番8番と明るい曲が続きましたが、ここで悲劇性のある曲9番が来ます。

9番から10番:平行調

10番のアウフタクトのおかげで、自然な繋がりになっています。

10番から11番:最後の音をIVと捉えたIV→V→Iのカデンツ(属調)

これも2番から3番への繋ぎ方と同様に一段階進んだ印象を受けます。

11番から12番:平行調

11番から12番に関しては少し特殊で、唐突な印象を受けます。平行調ではありますが、11番の最後の変ホ長調の主和音から、ハ短調への属七はあまり自然な繋がりではありません。

実は、Op.25のほうでも、11番と12番はかなり唐突なつなぎ方となっており、最後の曲が曲集から浮き上がるような印象を受けます。

このようにしてみていくと、各曲の繋がりはよく意識されており、アウフタクトのある無しも説得力が感じられないでしょうか。

エチュードの難易度

ショパンのエチュードは、ピアノ愛好家たちの憧れの曲集といえます。しかし、どの曲も難易度は非常に高いです。そこで、ショパンのエチュードを弾きやすさでグループ分けしてみましょう。

弾きやすい

ショパンのエチュードに取り掛かりたい!と思ったら、これらの曲から取り掛かることをお勧めします。1曲でもエチュードを弾くことができたら、ピアノ上級者としての第一歩を踏み出したと言えるでしょう。

Op.10-6

・伴奏と旋律のバランスを取ることや、ペダルの技術が難しいですが、音自体は少なく弾きやすい曲です。

Op.25-2

・即興曲のような楽想で、無窮動ながら弾きやすい曲です。

Op.25-7

・ノクターンのような楽想で、弱音や、低音の旋律を綺麗に響かせることが求められます。

手ごたえがある

上の3曲が弾けるようになってきたら、挑戦してみましょう。有名な曲が数多くあり、ショパンのエチュードが自分の曲になってきているという楽しさを味わうことができます。

Op.10-3

・有名な「別れの曲」です。中間部の減七の和音の連続が難しいポイントです。

Op.10-5

・有名な「黒鍵」です。黒鍵のみであるために弾きやすく、ペダリングも比較的容易です。

Op.10-7

・特殊な形の和音のパッセージが続きます。手に馴染んでしまえば弾きやすい音形です。

Op.10-9

・左手を大きく広げる必要があります。抑揚をつけやすく、弾いていて楽しい曲です。

Op.25-1

・有名な「エオリアンハープ」です。和音を掴んでしまえば弾きやすいですが、隠れた旋律を浮きたたせるのは大変です。

Op.25-4

・跳躍の練習です。なかなか難しい曲ですが、鍵盤を見ないでも弾けるような鍵盤感覚を身に付けると弾きやすい曲です。

Op.25-9

・比較的有名な「蝶々」です。アーティキュレーションをしっかり表現するのがポイントになります。

難しい

これより先は本当に難しい曲になってきます。じっくり取り組みましょう。また、指を大きく広げたり細かく動き続けるなど、疲労しやすい曲も多いので、脱力に気を付けるとともに、痛みを感じたらすぐに演奏を中止しましょう。

Op.10-8

・右手のアルペジオはそれほど難しくないのですが、中間部で両手のパッセージになると、難易度が跳ねあがります。とくに3-4-5の指のバランスが崩れないように気を付ける必要があります。

Op.10-10

・似た音形を様々なアーティキュレーションで弾き分ける必要があります。6度をしっかり揃えるのも難しく、ピアノの基礎がしっかり身についている必要があります。

Op.10-11

・アルペジオの練習で、優れた鍵盤感覚と和声感覚が必須になります。ロマン派の和声の感覚が身についていないと、楽譜を読むだけでもかなり苦労します。

Op.10-12

・有名な「革命」です。中間部は左手の5-4という最も速い動きに慣れていない指を酷使することになり、ピアノの基礎技術が要求されます。

Op.25-3

・3と5の間を柔軟に広げる必要があり、細かいコントロールが要求されます。また最後の弱音のトリルはなかなか使わない技術なだけに、非常に難しいです。

Op.25-8

・6度の練習曲です。2-5を柔軟に広げることがポイントになります。音自体を当てることはできても、指を広げた状態で和音のバランスを整えるのは非常に難しいです。

Op.25-12

・有名な「大洋」です。両手の大きいアルペジオが連続します。ペダルに埋もれて細かいところが演奏者も聞き取れなくなってしまうため、うまく弾けていると思って録音を聞くと崩れていた、という現象が起きやすい曲です。細かい音までしっかり集中して演奏する必要があります。

非常に難しい

ここから先の曲は、ショパンのエチュードの中でも難しいというだけでなく、全てのピアノ曲の中でも最難関の曲になっています。1ページを見るのも非常に大変なため、無理だと感じたら、また1年後に挑戦する、くらいの気持ちでいた方が良い曲たちです。

Op.10-1

・右手の広いアルペジオの練習です。難しさの軸は2つあり、音を当てることと、疲労です。指を広げるだけでも疲労してしまうので、しっかりした脱力がポイントになります。また、黒鍵と黒鍵の間の白鍵を正確に弾くことや、5-4を大きく広げる箇所など、ミスタッチしやすいポイントが随所にあります。

また、その右手の難しさゆえに、左手の旋律や、音楽の抑揚を忘れてしまわないように気を付ける必要があります。

Op.10-2

・3-4-5の指のみによる半音階の練習で、これも疲労がたまりやすい曲です。無理な練習は手をすぐに痛めてしまいますので、脱力のコツを掴んでからこの曲にとりかかると良いでしょう。

Op.10-4

・ペダルを使うと濁ってしまうがゆえに、ごまかすことのできない細かいパッセージが続きます。その難しさは古典派の音楽に通じるところがあります。また、一つの音形に固執することなく、様々な技術が要求されるところも、この曲を難しくしています。

Op.25-5

・スケルツォ風の曲で、エチュードの中ではかなりの大作となっています。テーマの音形は細かいヴァリエーションになっており、それを弾き分けることも大変です。中間部の美しさはエチュードの中でも特に輝きを放っていて、演奏会で単独で取り上げても全く遜色のない名曲です。

Op.25-6

・3度の練習曲と呼ばれています。数あるエチュードの中でも最難のエチュードで、ほとんどの人は1小節目すらまともに弾くことは不可能でしょう。

Op.25-10

・オクターヴの練習曲です。オクターヴの連続でまず大変なのは手の疲労です。無暗に弾いていると、1ページ目すら体力が持たないでしょう。また、中間部の美しい旋律のフレーズをオクターヴで作るのは非常に難しいです。

Op.25-11

・有名な「木枯らし」です。聞いた時の派手さはエチュードのなかでも際立っており、それに相応しい難易度があります。

ショパンのエチュードで身に付けた技術を活かそう

このようにどの曲も難しいのですが、ピアノを効果的に響かせることもでき、ピアノ曲の最高峰として今でも愛されています。また、世界的なコンクールの課題となることも多い曲集です。

エチュードはそれだけでも素晴らしい作品ですが、ショパン自身や、他の作曲家によって、エチュードで開発されたピアノ奏法は、様々な曲に使われています。そして、ショパンのエチュードを全て弾くことができたのなら、どのようなピアノ曲も弾くことができると言っても過言ではないでしょう。まずは、Op.25-2からショパンのエチュードの第一歩を始めてみることをお勧めします。