ピアノ曲の中でも特に人気の「ラ・カンパネラ」を見ていきましょう。親しみやすい旋律、小気味良いリズムと、華やかなピアノの技巧が相まって、聴くのはもちろん、演奏している姿を見ていても気持ちの良い曲です。

そしてなんといっても、楽譜の見た目に特徴があります。異常ともいえるほどダイナミックな見た目をしていて、もちろん演奏には非常に高い技術が要求されます。

ピアノを弾く方なら一度は弾いてみたい曲なのではないでしょうか。

作曲者フランツ・リスト

「ラ・カンパネラ」を作曲したのはフランツ・リスト(Franz Liszt)です。1811年にハンガリーで生まれ、ドイツ系の家庭でドイツ語を話し、ウィーン、パリで学び、そこから、ヨーロッパ各地で演奏旅行をしながら、拠点をスイス、ヴァイマール、ローマと移していった、国際色豊かな人でした。

10歳のときに練習曲集で有名なツェルニーに学び、12歳のときにはベートーヴェンが演奏会に来るなど、幼少期から才能を発揮し、高い名声を得ていました。

20歳のとき、パガニーニの演奏会を聴き、「僕はピアノのパガニーニになる!」と叫んだという逸話があります。

パガニーニは当時のスター的なバイオリニストで、悪魔に魂を売り渡したと言われるほどの技巧を持ち、逸話は枚挙にいとまがありません。作曲家としても非常に優れていて、特に親しみやすい旋律は、後世の作曲家たちに多くのインスピレーションを与えています。

リストもパガニーニの影響を強く受けた作曲家の一人で、パガニーニの曲を何度もピアノ独奏用に編曲しています。そのうちの一つが有名な「ラ・カンパネラ」です。原曲は「バイオリン協奏曲第2番」の3楽章、通称「鐘(campanella)のロンド」です。

なお、パガニーニの原曲と、リストの「ラ・カンパネラ」では旋律が少し異なっていますが、パガニーニの「バイオリン協奏曲第2番」の楽譜が初めて出版されたのが1851年で、リストが楽譜を見ずに記憶を頼りに書いたからと言われています。

様々な編曲

リストは、この「鐘のロンド」を4回も編曲しています。

初めて「ラ・カンパネラ」をピアノ独奏用に編曲したのは1831年、つまりパガニーニの演奏を聴いたその年で、「パガニーニの『ラ・カンパネラ』の主題による華麗なる大幻想曲」です。

2回目は1838年に作曲された「パガニーニによる超絶技巧練習曲」の第3番です。

3回目は1845年に作曲された「『鐘』と『ヴェニスの謝肉祭』の主題による大幻想曲」です。

4回目は1851年に作曲された「パガニーニによる大練習曲」の第3番で、これが有名な「ラ・カンパネラ」となります。

最後に編曲された「ラ・カンパネラ」に比べると、他の3曲はほとんど演奏機会が無く、録音も数えるほどしかありません。

その理由としては、1回目、2回目、3回目の編曲は要求されるピアノの技術が高すぎる、あるいはほとんど演奏不可能だから、ということが挙げられます。新しい作品になるにつれ、演奏難易度は下がっていきます。

つまり、有名な「ラ・カンパネラ」は難曲の代名詞のような存在ですが、リストの編曲の中では最も簡単な「ラ・カンパネラ」なのです。

とはいえ、これはリストが手加減したから、というわけではなく、ピアノの奏法が発展し、演奏効果を最も得られるような書き方に洗練されていったからです。例えば、2回目の「パガニーニによる超絶技巧練習曲第3番」と、4回目の「パガニーニによる大練習曲第3番」は出だしが非常に似ていますが、後者のほうが音が澄んでいて立体的に聞こえます。また、後者のほうが曲を通しての統一感もあります。

こうして比較してみると4回目に編曲された有名な「ラ・カンパネラ」は、やはりそれだけ洗練された名曲であることがわかります。

「ラ・カンパネラ」を弾く気持ちになってみよう

それでは、「ラ・カンパネラ」を弾くピアニストの気分になってみましょう。

まず、小さな前奏のあと、有名な「ラ・カンパネラ」の旋律が入ってきます。楽譜に慣れていないと、なぜこの見た目の楽譜から旋律が浮き出てくるのか不思議に思うかもしれませんが、上の段の下の音符(楽譜で緑色の部分)が旋律になっています。

黄色い部分は、ずっとレ♯という同じ黒鍵を小指で弾き続けています。黒鍵というのは、出っ張っている鍵盤ですから、大きく飛ぶときには弾きやすい音です。もしこれが白鍵だったと想像すると、隣の音を弾いてしまうミスが起きやすくなってしまいます。よく飛ぶ音に黒鍵を当ててくれているのはリストの優しさですね。

緑色の部分は旋律になっていて、良く動くので、目で追うのはこの部分になります。黒鍵の多い旋律ではありますが、白鍵も混ざっており少し大変です。

なお、楽譜に書かれている「p ma sempre ben marcato il tema.」とは、「弱く、ただしテーマは常によく目立つように」という意味で、この緑色の部分をしっかり弾きましょう、ということを言っています。

青色の部分は、よほど手の大きい人でないと一度に弾くことは不可能なので、手首を動かして素早く和音を弾きます。個人差があるので、例えば一つ目の和音なら、ソ♯から1オクターブと3度上のシまでの距離は手首をこのくらい動かすと良い、という感覚をピアニストごとに持つことになります。

鍵盤感覚を鍛えよう

ピアノに慣れてくると、初めて楽譜を見た時でも、この鍵盤からこの鍵盤まではこのくらいの距離だ、というのが分かってきます。そしてその鍵盤感覚を身につけると、このように大きく飛ぶ曲でも、鍵盤を見ずに弾くことができるようになってきます。慣れている家なら、あかりをつけなくても目的の場所に移動できるように、ピアノを見ることなく、弾きたい鍵盤に指を持っていくことが可能になります。

「ラ・カンパネラ」は、右手も左手もよく飛ぶため、鋭い鍵盤感覚が常に必要な曲です。

鍵盤感覚は一朝一夕で身につけられるものではありませんが、ピアノを練習中の方はすこし意識してみるといいかもしれません。

たとえば、練習した曲を目を閉じて弾いてみる、とか、楽譜のみを見て、鍵盤を見ずに弾く、といった練習は効果的です。

「難しいけど弾きやすい」魔性の魅力

このように鋭い鍵盤感覚が必要とはいえ、飛ぶ先の音は黒鍵になっていることが多く、リストは弾きやすいように書いていることがよくわかります。

このように、演奏効果も見た目も派手な技巧を弾きやすく書く、ということに関してはリストはずば抜けています。難しい!だけれども弾きやすい!という感覚はピアニストの心を掴んで離さない魅力があります。

ただし、ここに少し罠があります。弾けるようになってくると、楽しくなってしまい、旋律を小気味良く聞かせようとか、澄んだ音色を響かせよう、ということを忘れてガンガン弾いてしまいがちです。

「ラ・カンパネラ」は、まるで簡単なかわいい曲を弾いているかのように、サラッと弾くとクールでカッコいい演奏となります。特にペダルの使い過ぎには注意しつつ、リラックスして弾くことが大切です。

ピアノの上級者になったかな?と思った方は、ぜひ「ラ・カンパネラ」に挑戦して、リストの魔性の魅力を味わってみましょう。