曲はたくさんのフレーズから成り立っていますが、その区切りに終止形(カデンツ)がよく使われます。終止形は音楽における「決まり文句」のもっとも基本的なものなので、覚えておくと役に立ちます。わざと「決まり文句」を外すことによって意外な効果を生み出すこともできますので、ぜひピアノで弾きながら確認してみてください。
終止形(カデンツ)とは
終止形とは、カデンツ(cadence)とも呼ばれ、セクションの区切りや曲の終わりを知らせる決まり文句のようなものです。決まり文句ですから、自由な楽曲では終止形が使われないこともありますし、変形されていることもあります。時代によって様々な作曲家がオリジナルの終止形を生み出してきました。それらを全て見るのは大変ですが、古典的な終止形を見ていくことにしましょう。
終止形にはたくさんの種類がありますが、基本的な終止形は次の通りです。
・全終止
・半終止
・変終止
・偽終止
そのほかに次のような終止形があります。・・・と言いたいのですが、日本語の名称が無いため、私が仮に名称を付けました。とはいえよく使われるものですので、名前を付けるに値するでしょう。
・避終止
・弱終止
終止形と同じ和音進行をしたとしても、それがセクションの区切りでなければ終止形とは見なしません。
それでは一つひとつこれらの終止形を見ていきましょう。
全終止
もっとも基本的な終止形で、II→V→Iと進み、強い終止感をもたらします。オーケストラで演奏される場合は、IIが不安定な響きのため、V→Iのみで全終止を作る場合もあります。曲の最後だったり、セクションの終わりによく用いられます。バロック時代に登場し、時代が進むにつれて全終止もさまざまな姿を見せていくことになります。全終止の歴史はそのまま調性音楽の歴史といってもいいかもしれません。
モーツァルトのピアノソナタの全終止を取り出してみました。II→V→Iが安定しています。
なお、Iのときの旋律が主音であるような全終止を「完全終止」といい、第三音や第五音であるときには「不完全終止」といいます。不完全終止という言葉は、少し曖昧で、教科書や流儀によっても異なります。よくある定義はこちらです。これらのうち一つを不完全終止という場合もあれば、複数を不完全終止という場合もあり、全く統一が見られません。
・Iのときの旋律が主音でないもの(本記事で採用)
・Iが第一転回形であるもの
・Vが第一転回形であるもの
この不統一は日本語だけの問題ではないようです。いずれにせよ、「全終止の性格を持ちながら、不安定な要素も持つもの」を不完全終止と呼ぶということでは一致しています。
半終止
これも基本的な終止形で、II→VあるいはIV→Vと進みます。セクションの区切りを付けますが、終止感というよりかは、その後の展開を期待させる効果を持ちます。
ルネッサンス時代によく用いられていたフリギア終止を原型としています。
Vで終わり、次に何が起こるのか、という緊張が走ります。今回はそのまま主題にもどり、ほっと一息です。
変終止
これも歴史のある終止で、IV→Iと進みます。全終止の後に変終止が用いられることが多く、大曲の終わりを支える長大な終結部が丸ごと変終止であるようなパターンもよく見かけます。全終止の後にIV→Iとなるだけの小さな変終止の場合、「アーメン終止」と呼ばれることもあります。また、この場合の全終止は II→V→IのIの代わりに、IV度調のVが使われることがあります。
なお、変終止の「変」は「変格」の意味で「変格終止」と呼ばれることもあります。ちなみに「変格」の対義語は「正格」です。音楽における正格と変格には長い歴史があり面白い話がたくさんあります。
ヘンデルの有名なハレルヤ・コーラスより。堂々とした音楽の最後に何度も変終止が繰り返される様には圧倒されます。
偽終止
全終止のII→V→Iを避け、II→V→VIと進む終止形を偽終止と呼びます。II→Vと進んだ段階で、Iを期待しますが、それを裏切ってVIに進むことで意外感をもたらします。また偽終止の後に変終止を持ってくることも可能で、そうするとV→Iの進行を使うことなく曲を閉じることができ、高級感のある進行となります。
ベートーヴェンのピアノソナタ21番「ワルトシュタイン」はコーダ(終結部)に、驚きの偽終止が登場します。この偽終止を始点とした目まぐるしい転調の連続は聞く人を興奮させる効果を持ちます。
避終止
偽終止というと、通常II→V→VIのみを指しますが、VIではなくV度調のV、いわゆるドッペルドミナントなど他の和音を使うことがあります。このように、全終止のIを他の和音に置き換えた終止のうち、名前がついていない終止を避終止と呼ぶことにしましょう。これは筆者の造語です。フランス語では名称があり、「cadence evitée」といいます。これは直訳すると、「避けられたカデンツ」となります。
モーツァルトの渾身の避終止です。初めて聞いたとき、一体何が起きたのかよくわからなくなるほどの衝撃を受けます。
弱終止
これも筆者の造語ですが、全終止のIをIVに置き換えたものを弱終止と呼ぶことにしましょう。V→IVの進行は弱進行と言って、本来避けるべきとされています。しかし実際にはよく見かけます。IVがIへの倚音のように使われているパターンもあれば、VからIVへの弱進行を強調したパターンもあります。またブルースでは基本的な進行だったり、ポップスには多用されていることから、これにも名称があるべきですので、弱終止と呼ぶことにしました。
終止形を身に付けよう
これらの終止形を身に付けると、音楽に文脈が生まれてきて、立体的に捉えることができるようになります。また各スタイルに沿った終止形を理解することで、一貫性のある演奏をしたり、作曲をしたりすることができるようになります。
ぜひ様々な曲を終止形に注目して聞いてみてください。