音楽で「カノン」といえば、作曲上の技法のことですが、やはりパッヘルベルの「カノン」のことを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。パッヘルベルのカノンの詳細な解説はすでにたくさんある他サイトの記事にゆずるとして、今回はクラシック音楽における「カノン」とはどういうものなのかを紹介していきます。
有名なカノン
まずは、有名なカノンを3曲挙げてみましょう
パッヘルベル:カノン
パッヘルベルはドイツ出身のオルガニストです。パッヘルベルのカノンは言わずと知れた超有名曲です。ヴァイオリン3台と通奏低音という4重奏になっています。通奏低音とは、チェロとチェンバロ、ファゴットとギター、などのように、ベースラインを弾く楽器と、即興的に和音を弾く楽器を2台組み合わせて伴奏をするパートのことです。ジャズの、コントラバスとピアノに非常によく似ています。ですから、4重奏と言っていますが、本来は5人で演奏する曲となっています。
一つの和声進行に固執しながら、旋律のヴァイオリン3台が徐々に細かく華麗になっていき、様々な美しい旋律を次から次へと繰り出していきます。無限に続けることもできますので、卒業式や結婚式のお祝いの場のBGMとしてもよく使われていますね。
なお、この曲は「カノンとジグ」という二曲でセットになっている曲ですが、ジグのほうもカノン形式で書かれています。
マーラー:交響曲第1番「巨人」第3楽章
マーラーはオーストリア出身の作曲家です。
交響曲第1番「巨人」の3楽章は、ティンパニで行進するような重々しい雰囲気の中から、フランス民謡の「フレール・ジャック」の旋律がコントラバスで流れます。この旋律は日本では「グーチョキパーで何作ろう」として有名ですね。コントラバスに続いて、ファゴット・チェロと同じく低音の楽器が旋律を追いかけていきます。陰鬱な雰囲気の中にもどことなくおどけたところがあり、それがより一層曲を不気味にしています。
フランク:ヴァイオリンソナタ第4楽章
フランクはベルギー出身のオルガニストで、作曲家としても名声が高い人物です。当代最高のヴァイオリニストであるイザイの結婚祝いとして書かれました。4楽章はピアノとヴァイオリンが1小節違いで同じ旋律を奏でる牧歌的な曲想で始まります。他の楽章でも使われていた旋律を用いて、情熱的に展開した後、また元の主題に戻り、華々しく曲を閉じます。古今東西のヴァイオリンソナタの最高傑作として名高い曲です。
カノン形式とは
カノン形式とは同じ旋律を出発点を変えて同時に演奏することで、追いかけるような印象を与える作曲技法のことです。同じ旋律といっても、高さを変えることもあれば、上下を反転させたり、片方を半分の速さで演奏したり、と、聞いて同じ旋律が元になっている、と判断できれば自由に変形されることもあります。
様々なアイディアのカノンを詰め合わせたバッハの「音楽の捧げもの」は、クイズ形式になっている珍しい曲集で、カノンの教科書のように使うことができます。
カノンの語源
同じ旋律を少しずらして演奏する、と簡単に言いましたが、これはよく考えるととんでも無いことです。
2つの異なる旋律を同時に鳴らして整合性を取るということだけでも結構難しいことですが、1つの旋律でそれを為すのはさらに制約が掛かり難しくなります。このような厳しく整合性が取れた形式であることから、「ものさし」「規範」を表すギリシャ語kanonを語源としています。なお、さらに語源を辿るとこの言葉は「葦」を表し、真っすぐに伸びるさまが「ものさし」を表すようになったそうです。
おなじkanonを語源とする言葉に、カノン法(カトリック教会で定められた法規)や、カノン砲(口径の大きい大砲)などがあります。どれも「真っすぐ」のイメージからきた言葉ですね。
ルネッサンス時代は、もともとカノン形式を表す言葉としてFuga(フーガ、「逃げる」の意味)が使われていましたが、フーガはカノンと似ているもうすこし自由な形式を表す言葉として独立していきました。
カノンを作ってみよう
カノンは、非常に厳しいルールのもと、立体的な構造物を作るような整合性を必要とする作曲技法ですが、実は簡単にカノンを作る方法がルネッサンス時代に編み出されており、当時即興でカノンを作って遊ぶことができていたようです。少しその遊び方を紹介します。
なお、カノンのルールは時代や曲のスタイルによって変わりますが、次の通りです。(上に挙げた3つのカノンはどれも厳密には守っていません・・・)
・2つの旋律の拍頭は協和音程(完全1度・3度・完全5度・6度・完全8度)または、掛留音である
→4度は不協和音程なので掛留音でなければダメ!
・2つの旋律の中で、完全5度または完全8度が連続してはいけない
・旋律の全ての音は、和音構成音か、経過音・刺繍音・掛留音のいずれかである
→倚音はダメ!
これらの言葉は、以下の記事を参照してください。
他にも色々ありますが、とりあえず、これを守ってカノンを作りましょう。
同度カノンの作り方
①シ~ラの間に収まるように、全音符を並べていきます。このとき、隣り合う音は、3度・完全5度・6度のいずれかになるようにします。
実はこれでカノンが完成しています!これを、一拍遅れで同時に演奏してみると・・・
上手くいっています!
②旋律が3度だった場所に、経過音を足します。
これを一拍遅れで同時に演奏してみると・・・
これもいい感じのカノンになっています!
オクターヴカノンの作り方
同度カノンは音域が一致してしまい、すこしごちゃごちゃしてしまうので、追いかける方を1オクターヴ上げてみましょう。こうすると、よりカノン感が出て良い感じです。
①シ~ラの間に収まるように、全音符を並べていきます。このとき、隣り合う音は、
3度・6度
完全4度上がる・完全5度下がる
のいずれかにします。言い換えると、
上がるときは3度・4度・6度
下がるときは3度・5度・6度
となります。
さて、これをオクターヴ上でカノンにしてみましょう。
これも上手くいっています。また、3度のところに経過音を付けると、少し豪華になります。5度下がるところにも経過音を入れると、次のようなカノンが完成します。
このように、旋律の動き方にルールを付けると、お手軽にカノンを作ることができます。
カノンが象徴すること
パッヘルベルのカノンが卒業式や結婚式といったお祝い事の定番BGMになっていることは上で述べましたが、カノンには縁起の良い象徴的な意味があります。
「かえるの歌」や「静かな湖畔」で輪唱をした経験のある方は、この輪唱がどこまでも終わらない経験をしたことがあるでしょう。パッヘルベルのカノンも永久に続けられそうです。このように、カノンには「永遠に続く」という意味があります。
バッハはさらに工夫をこらしたカノンを書いており、拡大カノン(追いかける旋律が半分の速さになる)には、ラテン語で「Notulis crescentibus crescat Fortuna Regis」すなわち「伸びていく音のように、王の繁栄も続きますように」と書かれていたり、無限上昇カノン(繰り返すたびに音が高くなっていくカノン)には「Ascendenteque Modulatione ascendat Gloria Regis」すなわち「上りゆく調のように、王の栄光も高まりますように」と書かれています。
そして、カノンは2つの旋律が対等に寄り添い調和していくことから、結婚の意味にもよく合います。フランクが結婚祝いに贈った曲にカノン形式を使ったのもこのような意図があったのではないでしょうか。
「秩序」「整合」「永遠」「伴侶」といった象徴的な意味が、よりカノン形式を魅力的なものにしているといえるでしょう。