平均律という言葉を聞いたことがあるでしょうか。世の中に溢れている多くの曲は平均律という音の組織から成り立っている音楽です。それだけ一般に受け入れられているということはそれだけメリットがあるからなのですが、一方で平均律は純正律に比べて美しくないと言われることもあります。今回は平均律や純正律といった「音律」の話をしましょう。

音律とは

音律とは、ある音組織がその中の基準の音に対して、どのような音程になっているか、を表す言葉です。

音組織というと難しいですが、基本的には音階のことです。長調の音階(長音階)は音組織ですし、半音階も音組織です。そして、ここでいう音程とは、音の周波数比のことです。

例えば、音叉という道具は、普通は1秒間に440回振動するようになっています。この440回/秒というのが周波数です。[回/秒]という単位は、[Hz](ヘルツ)という単位で呼ぶことになっています。なので、音叉の周波数は440Hzということです。

音叉。純音という混じり気のない音に近い音色です。

これに対して、550Hzでなる音があったとしましょう。(ピアノではおよそC♯に聞こえます)

この440Hzと550Hzの音程は550/440=1.2ということになります。

例えば、長音階は「ドレミファソラシ」の7つの音からできているのですが、ドに対して他の音の音程が音律となります。後に詳しく紹介しますが、純正律の音程は次のようになっています。

ド:1.000

レ:1.125 (9/8)

ミ:1.200 (5/4)

ファ:1.333 (4/3)

ソ:1.500 (3/2)

ラ:1.667 (5/3)

シ:1.875 (15/8)

ドの音が264Hzだとすると、レは264[Hz]×1.125=297[Hz]と計算できます。このように音組織を構成するそれぞれの音の基準音に対する音程を考えよう、というのが音律です。

オクターヴ・完全5度

オクターヴとは周波数比が1:2になるような音程のことです。例えば、440Hzの音と880Hzの音の関係はオクターヴと言います。オクターヴで音を鳴らすと非常に似通った音になるということが古くから知られていました。オクターヴは笛の管の長さを半分にすることだったり、弦の長さを半分にすることで得ることができます。

そして、古代ギリシャでも古代中国でも音楽は盛んでしたが、二つの異なる文化が、全く同じ現象に到達していました。それは、「周波数比が2:3である二つの音はよく調和する」ということです。現代では周波数が2:3であるような音は「完全5度」と呼ばれています。周波数比が2:3ということは、管や弦の長さが3:2であるということです。これらのオクターヴと完全5度という二つの音程が、古代の音律の基礎となります。

ピタゴラス律

この完全5度とオクターヴの組み合わせで、長音階を作ってみましょう。

まず、ドを1とします。そしてソを1.5としてみましょう。

ド:1.000

ソ:1.500

さらに、ソの完全5度上は、1.5×1.5=2.25となります。しかしこれではドのオクターヴよりさらに高い音なのでオクターヴ下げて、つまり1/2の周波数にして、2.25÷2=1.125の周波数を得ます。これがレです。

ド:1.000

レ:1.125

ソ:1.500

そして、このレの完全5度上は、1.125×1.5=1.688となります。

(実際には1.6875ですが、小数第4位は四捨五入して1.688としておきます。ただし今後の計算自体は小数第4位以下も考慮します)

これがラです。さらに、ラの1.5倍は2.531となります。これは2を超えてしまったので、2で割り、ミを1.266とします。この1.5倍の1.898をシとしましょう。

ド:1.000

レ:1.125 (9/8)

ミ:1.266 (81/64)

ソ:1.500 (3/2)

ラ:1.688 (27/16)

シ:1.898 (243/128)

これで、ファを除く6つの音が得られました。ファは、ファの完全5度上がドになるように作ります。つまり、1÷1.5=0.667となりますが、1を下回ってしまったので、オクターヴ上の0.667×2=1.333をファとします。これで、長音階が完成です!これをピタゴラス律と言います。

ド:1.000

レ:1.125 (9/8)

ミ:1.266 (81/64)

ファ:1.333 (4/3)

ソ:1.500 (3/2)

ラ:1.688 (27/16)

シ:1.898 (243/128)

なお、このまま続けて13個の音組織を作ると、非常に周波数が近い二つの音が現れます。

ド:1.000

ド♯:1.068 (2187/2048)

レ:1.125 (9/8)

ミ♭:1.185 (32/27)

ミ:1.266 (81/64)

ファ:1.333 (4/3)

ファ♯:1.424 (729/512)

ソ:1.500 (3/2)

ラ♭:1.580 (128/81)

ソ♯:1.602 (6561/4096)

ラ:1.688 (27/16)

シ♭:1.778 (16/9)

シ:1.898 (243/128)

ラ♭とソ♯は同時に鳴れば違いがわかりますが、ほとんど同じ音に聞こえます。このわずかな誤差のことをピタゴラス・コンマと言います。この二つの音を同一視すれば、12個の音からなる音組織、つまり半音階ができあがります。

なお、古代中国ではこの差を別の音とみなし、60個の音からなる音組織を作り、54個目の音が基準の音に近くなる(誤差は脅威の0.2%となります)ことを発見しているなど、おそろしく緻密な音楽理論が作られています。

ピタゴラス律の長所

・調律がしやすい

弦の長さを2:3にしていけば良いだけなので、弦であっても管であっても調律がしやすいのがポイントです。また完全5度は少しずれると「うなり」という現象が発生するため、微調整もしやすいです。

・完全5度がよく調和する

現代の音楽でも完全5度は和音のフレームを作る大切な音ですが、これがよく調和するのはメリットになります。

・明るい響きになる

冒頭で紹介した純正律と比べて、周波数が高めなので、旋律が明るくなります。これは現代において使われている平均律よりさらに明るい音となります。

・長調、短調の色がよりはっきりでる

ドとソの間にミが入れば長調、ミ♭が入れば短調となりますが、この差が純正律より大きく、コントラストがはっきり出ます。

ピタゴラス律の短所

・ピタゴラスコンマを跨ぐときに非常に不協和な音になる

ソ♯とラ♭の違いをピタゴラスコンマと言いますが、この音を同一視するため、ラ♭をソ♯に調律した場合、ラ♭・ド・ミ♭という和音を作ることができず、ソ♯・ド・ミ♭という和音になってしまいます。この音は聞いただけで明らかに違和感のある、かなり強く不協和な音になってしまいます。

・それぞれの和音の不協和感が強い

長所では色がはっきり出ると述べましたが、あまり調和の取れた音とは言えず、基本的な和音であっても不協和感を強く感じます。

純正律

ピタゴラス律は、3倍と2倍のみを使って作った音律でした。それに対し、純正律は基準の音から簡単な整数倍で作ります。

基準の音をドとしたとき、2倍の周波数はオクターヴでド、3倍の周波数はオクターヴと完全5度でソ、4倍の周波数は2オクターヴでドとなります。ここまではピタゴラス律と同じです。

そのあと5倍はミ、6倍はソ、7倍はシ♭、8倍はド、9倍はレ、と続いていきます。この中から、長音階の音組織を選ぶとド・レ・ミ・ソ・シを得ることができます。

いまは、整数倍でしたが、逆数を取ると、逆倍音列というものを作ることができます。そのなかに、ファがあるので、それを追加します。

さらに、このファの5倍の周波数を持つ音がラとなります。これをまとめると、次のようになります。

ピタゴラス律に比べて、かなりシンプルにまとめることができましたね。ただし二つほど気になる点があります。

①短調の場合はどうなるのか

②ド♯のような長音階にない音はどうなるのか

①短調の場合

短調の場合は、ミ♭:ソ:シ♭が4:5:6になるように、ファ:ラ♭:ドが10:12:15になるように調整します。

全ての音が1桁分の1桁になっているのが美しいですね。

②音階にない音

これは特に定めません。ただし、できるだけ「純正な和音」を作るようにします。純正な和音とは、

長三和音は4:5:6

短三和音は10:12:15

となるような和音のことです。

ハ長調の中に、ラ・ド♯・ミという和音が出てきたら、この周波数比が4:5:6になるように調整する、といった具合です。しかし、レ・ファ♯・ラのような和音は、そもそもレとラが2:3の関係にないため、4:5:6にすることはできません。純正律にはうまく行かない和音も多くあります。

純正律の長所と短所は次の通りです。

純正律の長所

・I、IV、Vといった基本的な和音が美しい

トニック・サブドミナント・ドミナントというもっとも基本的な三つの和音が最も綺麗に響くように作られています。この和音だけから出来ているような単純な曲もあり、そのような曲はできるかぎり純正律で演奏すると良いですね。

・調性感が強く出る

純正律は調ごとに調律をする必要があり、音階内の各音の機能が明確に出てきます。たとえば、ドとレの音程(長2度)は、レとミの音程(同じく長2度)よりも広い音程となります。この2つの音程には大全音と小全音と名前がついており、その不均等さが、調性感を作ります。

純正律の短所

・移調しずらい

ピアノのように、弦の長さ・張力が固定されてしまっている楽器で純正律で調律してしまうと、その基準の調以外ではひどい音になってしまいます。歌や管楽器など、微調整ができる楽器では移調しても純正律を意識することで、美しい和音の響きを得ることができます。

・IIの和音の不協和感が強い

IIの和音を構成するレ・ファ・ラは27:32:40という周波数比になり、かなり不協和感の強い和音となります。とくに、レとラの完全5度が2:3でない弊害は大きいです。そのため、IIは第一転回形として使い、根音のレは旋律にすることが求められます。旋律の音は多少上ずっても綺麗に響くほか、ファとラは純正な4:5という比になるためです。

・旋律がでこぼこする

純正律は和音を綺麗に響かせることが目的として作られているため、そのまま旋律を演奏すると、かなり不均等な印象を受けます。長所の項で大全音と小全音があるという話をしましたが、旋律の演奏の面ではそのまま短所になってしまいます。

平均律

ウェーバー・フェヒナーの法則というものがあります。

それは、「人間が刺激を受けた時の感覚の強さは、刺激の強さの対数に比例する」というものです。もう少し分かりやすく言うと、「人間は、差ではなく、比で感じる」といことですね。

10円玉が1枚手の上にあるのと、2枚手の上にあるのは、4.5gの差でしかありませんが、重さの違いははっきりわかります。しかし、1kgの物の上に10円玉を1枚乗っけても、重さの違いはわからないでしょう。これは、前者が重さが2倍になったのに対し、後者は0.45%しか重さが増えていないからです。

このように、人間は差ではなく比で物事を感じ取ります。これが最も強く現れているのが音の高さです。

440Hzと660Hzの音程(+220Hz、×1.5)と同じ音程に聞こえるのは、880Hzと1100Hz(+220Hz、×1.25)ではなく、880Hzと1320Hz(+440Hz、×1.5)となります。

これを使って、1オクターヴを12分割(半音階の音の数)することを考えましょう。

1から2を12分割するにはどのようにすればよいでしょうか?

1、13/12、14/12、15/12、・・・ではいけません。

1から2まで、13項の等比数列で到達しなければいけないので、2の12乗根(=1.05946…、約1.06)倍にする必要があります。このようにして作った半音階が次のようなものです。

これが、平均律と呼ばれる音律です。全ての半音の音程が等しい比になることが特徴です。人間の感覚と数学とが結びついた、美しく整合性の取れた音律ですが、一方で不自然な音律だという声もあります。それぞれ長所と短所を見ていきましょう。

平均律の長所

・どんな調でも演奏できる

平均律が今日最も用いられている最大の要因はこれです。基準の音を何に設定しても音程は変わりませんから、転調や移調も楽ですし、アンサンブルもしやすいです。特にピアノのような演奏中に音程の微調整が極めて難しい楽器にとっては便利です。

・長調、短調の色がはっきりでる

ピタゴラス律と同じく、平均律も長三度が(純正律に比べて)広く、短三度が狭いという特徴があります。これにより、各和音の色の違いがはっきり出ます

・旋律が美しい

各音程が均等に整っているため、流れるように演奏することができます。また、純正律より少し高い音が多く、音色に輝きが生まれています。

平均律の短所

・調律が難しい

純正な音程はオクターヴしかないため、調律は極めて難しくなります。チューナーを使わずに耳で調律するときは、やはりピタゴラス律と同じように完全5度を基準にして合わせていくことになりますが、ごくわずかにずらす必要があり、知識と経験が必須です。

・常に不協和感がある

平均律が批判される最大の理由はこれでしょう。完全5度すら純正でないため、常に「うなり」が生じています。オーケストラのように大人数であれば個人個人のごくわずかな誤差に吸収されてに気にならないほか、ピアノのように3本弦を張ることによっても吸収することができます。しかし、オルガンや、管楽器アンサンブルではこれが気になりやすいです。

・演奏が困難

また、歌だったり、フレットレスの弦楽器だったりした場合は、他の音と純正な響きを作っても平均律にならないため、演奏が困難です。アカペラなど楽器の補助がない場合は、平均律を前提に歌っているのにもかかわらず、和音を純正律で取ってしまうことがあり、こうなってしまうと音程がどんどん下がっていき、曲の始めと終わりで3度くらいズレてしまうこともあります。平均律で歌うときは少し上ずるように歌う必要があり、これがなかなか困難です。

各音律の比較

ここまで、ピタゴラス律・純正律・平均律を見てきました。このそれぞれの周波数比を小数第3位まで見てみましょう。いろいろなものが見えてきてます。

純正律は小数に直しても整った感じがするのに対して、平均律はめちゃくちゃですね。ピタゴラス律は大事なところは純正律と一致しつつ、平均律にも寄っていていいとこどりのようです。

セント

各音律だったり、音程を精密に比較するための指標として、セントという単位があります。平均律の半音を100とする対数スケールで、

1200×log₂(Aの周波数/Bの周波数)

で求めることができます。なんだか難しいようですが、簡単に平均律の半音が100としたときの音程の指標と考えて構いません。

この数値を使うと、より直感的に音程の広さ・狭さが分かります。とくに平均律に慣れている我々にとっては大事な指標です。

全体的に、ピタゴラス律は平均律よりも高くなりがちで、純正律は平均律より低くなりがちな傾向があります。

その他の音律

それぞれの音律に一長一短あることを見てきましたが、東洋西洋問わず音楽家や音楽理論家は様々な音律を作り研究してきました。

たとえば、中世は完全5度・完全4度の響きが大切でしたが、ルネッサンス期にはいると、長3度も純正な響きを求めるようになりました。純正な3度を大切にしたのが、中全音律キルンベルガー第3などの音律で、現代でもこれらの音律で演奏する音楽家は少数ですが存在します。この音律が絶対、と考えるのではなく、柔軟に音律を選ぶことができるようになると楽しいですね。

音律を応用した演奏

ここまで音律をじっくりと紹介してきましたが、実際に演奏に使うとしたらどのように考えればよいのでしょうか?筆者は、特に音律を固定するのではなく、音律の考えを取り出すのが良いと考えています。たとえば、ピタゴラス律の特徴は主に次の2つです。

・完全5度が純正

・旋律が明るい

そして、純正律の特徴はなんといってもこれに付きます。

・I、IV、Vが純正

そして、純正な完全5度は702セントと、平均律より少しだけ広い音程です。完全5度がでてきたら、ほんのわずかに高く(高くというより明るくくらいのイメージのほうがよいでしょう)歌うと、良いとわかります。また、長三和音(例えばド・ミ・ソ)は、第三音の純正な音程が386セントなので、少し低めに取るとよく調和した響きが得られます。落ち着いた曲だったり、神聖な曲の長三和音は純正な長三和音が良く似合います。逆に、にぎやかな曲だったり、緊張感がある曲の中に出てくる長三和音はピタゴラス律(第3音が408セント)で取ると良いでしょう。

他のパートの音を良く聞いて、その和音に合った音程を微調整していく感覚を身に付ける、というのが、音律を勉強する最大の意義になるのではないかと思います。

また、ピアノのような鍵盤楽器は音程を変えられないため、平均律の呪縛からは抜け出せません。ただし、第三音を暗めのイメージで弾いて純正な長三和音と錯覚させるような響きを出したり、旋律を伴奏に比べて明るめに弾くことで、ピタゴラス律のような響きを出したりすることが可能です。

音律と柔軟に向き合っていくと、様々な発見があることでしょう。