一昔前は音楽大学に進学した場合は、教職課程は絶対取ったほうが良い!と言われていました。また、現在でも、安定した生活や、音楽家として成功しなかったときのために教職課程を取ったほうが良いという論が根強く残っています。実際の教職課程を見ながら、その是非を考えていきましょう。

教職課程とは

教職課程とは、第一種教育職員免許(教員免許)を取得するために必要な課程のことで、大学卒業に必須な課程に加えて修める必用があります。毎週10~20時間ほど追加で授業を取る必要があり、教育に関わる法律だったり、子供の心理学や、教育法などを学びます。また、音楽科の教員免許のためには、合唱・リコーダー・声楽・ピアノができる必要があり、和楽器のなかから一つを選択して履修する必要もあります。

また、3年次、4年次には、特別支援学校などの施設への研修があり、また教育実習もあります。

中学と高校の二つの教員免許を取得するためにはおよそ一か月間教育実習に費やすことになります。

まさに教育に特化した課程であり、教育のスペシャリストになることを目指しています。

教育者になるという強い覚悟が必要

おそらく音大に入って、気楽に教職課程の説明会に行くと、何度も何度も次のように言われるでしょう。

「教職課程を修めるのは、将来中学か高校の教諭になるという強い意志がある人のみにしてください。教職課程は将来の保険にはなりません。親に勧められた場合も、教諭になりたいという意志がないのであれば必ず断ってください」

この言葉を聞いて、新入生の8割ほどがきていた教職課程の説明回から3〜4割がいなくなる、というのが毎年多くの音大で見られる光景ではないでしょうか。

それでも、新入生の半分ほどが教職課程の第一歩を踏み始めます。その中で本当に教員になりたいと思っている人は何人くらいいるのでしょうか。大体は、入学前から両親に勧められていた、というパターンなのです。説明会の先生の言葉も、両親の言葉を覆すには至らないようです。

脱落者が続出

新入生のうち半分が第一歩を踏み始めて、1年が終わるころ、さらに半分が脱落しているでしょう。教員になろうという意志がないにもかかわらず、教職を取ってしまうと、毎週10時間が興味のない座学のために無駄になってしまうので、当然のことと言えます。10時間あれば、1曲仕上げることもできるでしょう。コンクールや試験や演奏会にうまく時間を配分していかなければならないため、ただでさえ足りない時間を、興味のない教職のために取られてしまうのは非常に無駄です。年間にすれば数百時間の無駄になるわけですから、諦めるなら早ければ早いほど良いということになります。

逆に3年生にもなると、今まで数百時間を費やしてきたのが無駄になるわけですから、ここで止めるのがもったいなくなってしまいます。しかし、3年生からは、大学の授業を休んで研修に行かなければいけないことも多くなり、さらに教職に多くの時間を費やす必要が出てきます。

こうして、教員免許状の申請までたどり着けるのは、学年の1割~2割ほどとなっています。

悪いことは言いませんので、教員になるという強い意志がない人は、なるべく早く教職課程を止めましょう。

保険にはならない

とはいえ、ここまで多くの学生が両親や親戚に教職はいざというときの保険となる、と言われているのは確かです。なぜこのように言われるのでしょうか?

昔(数十年前)は、音楽大学を花嫁修行の場として捉えている人が多くいて、実際にそのような意識で入学する人も多かったようです。そのような大学では企業への就職は厳しく、またそのような意識では音楽家として活躍するのも難しいでしょう。そんな中、第二次ベビーブームでは年間出生数が現在の倍近い200万人を超えることもあり、教員の数は足りませんでした。そこで、教員免許さえあればどこかの学校に勤めることができるという意識があり、音楽大学から就職といえば教員という構図が出来上がっていたようです。

現在では、少子化の影響もあって、教員採用試験は非常に厳しくなり、倍率は7倍から8倍とも言われます。教員になりたいという強い意志を持ってすら厳しいのが教員採用試験です。就職に失敗したから教員になる、というのは現状からかけ離れていると言わざるを得ないでしょう。

一方で、現在は音大卒業後に就職する人は5割程度で、一般大学の7割と比べると大きく差を開けられていますが、音大卒業生がそもそも就職を希望しない人が多い(進学・フリーランス希望など)というのもあり、就職が特段難しいというわけではありません。

音大生の強みはなんといってもやる気・情熱です。音大に進学するという時点で、もとから並々ならぬ音楽への情熱を持っているはずです。その意味で、あまりやる気のない座学に集中しない学生は多くても、専攻楽器のレッスンへの情熱は並々ならぬものがあります。

練習室の取り合いは苛烈なものがありますし、演奏会や試験にかける練習量は、週数十時間にも及ぶのが普通です。

そのようなやる気を、ほとんどの学生が持っているというのが音楽大学というところです。

音大生にはコミュニケーション能力や、実用的な外国語能力を持っている学生も多くいます。このようなことが評価されて、非常に良い条件の企業や大企業に勤めることも珍しくありません。

教職課程でしか学べないこと

ここまで何度も教職課程は教員になるという強い意志のある人だけが履修するべき、と言ってきましたが、一方で教職課程で得られるものも数多くあります。これらのことを真剣に学びたいと思った場合は、教職課程に取り組むことをお勧めします。とはいえ、全て学びたいのでなければ、聴講という選択肢もありますので、時間を有効に使っていきましょう。

・教育法

とくに子供たちに偏りなく様々なことを教えたり、音楽の教育を受けていない子供たちが、どのように音楽を捉えているのかを知るきっかけとなります。小さいころから音楽教育を受けてきた人にとっては、驚きも多いかもしれません。

・子供の心理学、進路相談

子供の心理や悩みと、それに対する向き合い方を学ぶことができます。専門的なカウンセリングの方法などを学ぶこともでき、子供と専門的に接するときには役に立つことでしょう。

・各種楽器

特にリコーダーや和楽器といったものは、なかなか習うことができないものです。これを短い期間でも習えるということは楽しいものです。

・介護体験、特別支援学校研修

特別支援学校や、老人ホームなどで数日間の研修が義務付けられています。現場の職員の方たちから多くのことを学ぶことができますし、入所者の方たちからも多くの価値観に触れることができます。また、音楽の力を再発見する良い機会になるでしょう。

・教育実習

音楽を実際に教えながら、長い時間試行錯誤できるという経験は非常に貴重です。とはいえ、学校、生徒たち、現場の先生方の協力で成り立っていて、責任も重大ですので、かならず真剣に取り組む必要があります。

とくに最後の二つは責任が重大ですので、必ず学んだことを振り返り、真剣に取り組む義務があります。

これらのことに興味があり、真剣に取り組む決意がある人は、教員になるかどうかの意志が決定していなくても、教職課程を履修することをお勧めします。

また、教員になりたいという強い意志を持って音大に入学した方も、教職課程が決して楽では無いことを知った上で、覚悟と熱意を持って教職課程に取り組んでください。