クラシックの作曲には様々な書法がありますが、歴史的に最も大切にされてきたものの一つに「対位法」があります。「対位法」とは、複数の旋律を同時に演奏する手法のことです。そして、その「対位法」の技術の頂点が「フーガ」といわれる形式です。「フーガ」はその作曲の困難さと格式の高さから、非常に重要な音楽語法です。現在でも、作曲の学習課程で格式を重んじる場合は、フーガを必修としているところが多いです。

フーガの紹介

「フーガ」といえばバッハを想像する人が多いのですが、他にも多くの作曲家が「フーガ」を書いています。その中でも傑作とよべるものをいくつか紹介します。

J.S.バッハ:小フーガ ト短調

バッハの単独のフーガとしては最も有名な曲ではないでしょうか。オルガンで演奏するためにかなり自由なフーガになっていますが、その荘厳さは圧倒的です。

ベートーヴェン:大フーガ

ベートーヴェンの後期の作品で、もともとは弦楽四重奏第13番の最終楽章として作られた曲でしたが、あまりにも規模が大きく、またあまりにも複雑な内容と、演奏の困難さが相まって、出版社の意向で単独の曲とされました。ベートーヴェンもこれを認め、新たに最終楽章を作り直しています。

あまりにも難解な曲で、20世紀の大作曲家ストラビンスキーにより「永遠に現代的な曲」との評を受けています。

ラヴェル:クープランの墓より第2番「フーガ」

ラヴェルは中世・ルネッサンスやバロックへの懐古趣味を持っていて、その響きを近代的に捉えなおした曲を多く作曲しています。「クープランの墓」は、バロック時代を代表するフランスの作曲家クープランへのオマージュ(「墓」とはオマージュを表す言葉です)として書かれました。その中の第2曲めは「フーガ」で、古風な響きの小品となっています。

バーバー:ピアノソナタより第4楽章

さらに近代的なフーガも挙げておきましょう。20世紀アメリカで活躍した作曲家サミュエル・バーバーは「最後のロマンチスト」と言われる伝統的な作曲家ですが、一方で現代的な響きの追求もしており、このピアノソナタはまさに伝統と革新の融合といえるような曲に仕上がっています。このピアノソナタの第四楽章のフーガは、これまでのフーガのイメージを飛び越えた壮大なフーガに仕上がっています。

フーガの歴史

「フーガ」はイタリア語で「Fuga」と書き、「逃げる」を意味します。「かえるの歌」や「静かな湖畔」で輪唱をしたことがある方は多いと思いますが、それらのように、一人が先行して旋律を歌い、もう一人が追いかけるように歌うことをもともと「フーガ」と呼んでいました。ルネッサンス時代に急速に「フーガ」の手法は洗練されていき、単純に追いかけるものは「カノン」として呼ばれるようになります。

「カノン」って何?言葉の意味から作り方まで

そして、フーガの方は、先行する旋律の5度上、あるいは4度下で追いかけるという形を取るようになりました。

なお、この楽譜の上に書いてある「a 3」は「3声」を表し、3つの旋律が次々に登場し、3つの旋律がそれぞれ同時に歌うということを表しています。

バロック期のバッハとヘンデルによって「フーガ」は一つの頂点を迎えます。特にバッハが死の直前に作曲した「フーガの技法」は、様々な趣向を凝らしたフーガの書法の集大成として、高く評価されています。

面白いことに「フーガの技法」は、楽器が指定されていません。ピアノやオルガン、弦楽四重奏などで演奏されることが多いですが、合唱や金管四重奏、更にはジャズバンドや電子音楽まで、様々な編成によって演奏されています。

「フーガの技法」は、純粋に音の組み合わせが追求されたものであるからこそ、どのような音色でも綺麗に響くという境地に達しているのです。

それから古典・ロマン派になると、「フーガ」は懐古趣味的な扱いになります。自身の作曲技術の確認のために書かれたものが多いのですが、曲の中に部分的にフーガ的な要素を入れるという形で生き残り、そのような部分を「フガート」と呼びます。

これはリストの「ピアノソナタロ短調」という30分ほどある大曲で、その2/3ほどの地点でフガートが登場します。フガートは曲に緊張感をもたらすとともに、威厳や風格のようなものがあります。

さらに時代が進み近代になると、「フーガ」を表舞台によみがえらせた2人の作曲家が現れます。ヒンデミットとショスタコーヴィッチです。それまで「フーガ」はルネッサンス・バロックの懐古趣味的な形式として捉えられていましたが、ヒンデミットとショスタコーヴィッチの2人は見事に当時の最新の音楽に取り入れ、「フーガ」の持つ可能性を遥かに拡大したのでした。

ヒンデミットのピアノソナタ3番の4楽章は巨大なフーガとなっており、硬質で近代的な響きのなかにも風格があります。

フーガの形式

フーガに決まった形式はありません。各旋律が5度または4度で追いかけるというルールはありますが、それすらも自由に破られることがあります。とはいえ、基本となる形式があるのでそれを紹介しましょう。

主題が何度も追いかける形で現れる提示部

自由に転調し音楽を展開させていく嬉遊部

これを交互に繰り返していきます。

また、「学習フーガ」と呼ばれる、勉強としてのフーガの形式にはモデルがあります。とはいえ、このモデルに従ったフーガのほうが少数派なくらいで、作曲家はそれぞれの個性やアイディアを活かして自由にフーガを作曲しています。

フーガの演奏難易度

ピアノやオルガンなど一人でフーガを弾きこなすのは非常に難しく、さらに基礎的な技術が足りていないと演奏が崩壊してしまうため、音楽大学の入試や試験での課題曲にも良く選ばれます。弦楽四重奏やオーケストラでの演奏でも、どの旋律が主題なのか、いまの自分の役割は何なのか、ということが目まぐるしく変わっていくため、非常に高いアンサンブル能力と、一人ひとりの音楽理論的な知識が要求されます。

とはいえ、音楽の構造的な美しさ、複雑なオブジェを作り上げるような快感はフーガならではのものですから、まずは細かいことを考えずにフーガの「音を鳴らす」ところから始めてみてください。

フーガを作曲したい!

フーガはただアイディアがあるだけでは書くのは難しいです。どれほど素晴らしい旋律を思いついても、それをフーガにするのは全く別の作曲技法が必要になってきます。どのようなスタイルでフーガを書くにしても、まずは対位法の勉強から始めましょう。対位法を学ぶことで、複数の旋律を同時に鳴らすときの考え方の基本がわかります。対位法の勉強を始めて、フーガを1曲完成させるのに早くても1年は掛かると思いますが、フーガを1曲書いたという経験はその後の音楽人生に大きな自信になることと思います。ぜひ挑戦してみましょう。