西洋音楽は音と音を同時に重ねることで発展してきました。音と音を重ねる技法は主に二つあります。和声法対位法です。「和声」という言葉は聞きなれない方も多いかもしれませんが、英語で「Harmony(ハーモニー)」というと分かりやすいでしょう。一方で「対位法」は聞いたことがないという事がほとんどなのではないでしょうか。英語だと「Counterpoint(カウンターポイント)」となり、よけい馴染みがない言葉となってしまいます。今回は、この対位法を紹介し、初歩の初歩を実践してみましょう!

対位法とは

対位法とは、簡単にいうと「同時に異なる旋律を2つ以上鳴らす技法」のことを言います。もっともイメージしやすいのは「ハモリ」です。

宇多田ヒカル「Beautiful World」

3度のハモリ。とても美しいが、対位法的とまではいえない

これは3度ハモリと呼ばれているもので、旋律がより豪華になります。(始めと最後は4度になっています)

ただ同じ旋律を3度ずらして歌っているため「異なる旋律」かと言われると疑問が残ります。

Simon & Garfunkel「Scarborough Fair」

異なる旋律を歌う、非常に対位法的な楽曲

この曲は中世風の響きを目指していることもあって、かなり対位法が前面に押し出されたアレンジとなっています。歌詞も主旋律(主要なメロディ)と対旋律(主要ではない合いの手のようなメロディ)で異なっており、同時に異なる旋律を歌う美しさを聞き取ることができます。

Leonard Bernstein「West side story」より「Tonight quintet」

この曲は曲想も異なる3つの音楽が同時に流れ、さらにその音楽の中にもハモリや掛け合いがあるという重層構造になった対位法になっています。まるで魔法のようですね。

このように対位法は「同時に異なる旋律を2つ以上鳴らす技法」なのですが、その複雑さにはかなり幅があることがわかります。もちろん、複雑であればそれだけ作曲は困難になり、聞いている方も何がなんだかわからなくなってしまいます。難しい対位法を使えばよいというものではなく、どのような効果を生み出したいか、によって対位法を使うか、使うとしてどの程度の複雑さにするかを考える必要があります。

対位法の歴史

対位法の歴史も、まずはハモリから始まりました。中世には、グレゴリオ聖歌という典礼文を歌う旋律集があり、その旋律にハモリを付けるようになりました。ハモリは各音符に対して、もう一つ音を当てていくことになり、この技術を「点対点」(point counter point)と呼ぶようになり、これが「対位法」(Counterpoint)となります。現在では宇多田ヒカルの例でも見たように、3度や6度でハモるのがよく使われますが、当時は4度・5度・8度といった完全音程でハモるのが基本でした。なぜなら、当時は完全音程のみが協和音程とみなされていたからです。

同じ音からはじまり、完全4度でハモるようになります。なかなか聞きなれない響きですが、中世ヨーロッパの空気を感じますね。

それから、一人が旋律を歌っている間に、もう一人が自由に装飾を付けて歌う、という形の対位法ができあがりました。その代表がノートルダム楽派と呼ばれる人たちで、12世紀の作曲家Leonin(レオナン)の「Viderunt Omnes(すべての国々は見たり)」が有名です。

この曲の主旋律は長い音符のほうです。そして、主旋律の音が変わるタイミングは、完全4度、完全5度、完全8度になっていることがわかります。このようにフレーズの始まりは協和音程というのが対位法の基本となります。(なお、協和音程の定義は今日のものとは異なります)

その後は対位法は2人のものではなくなりました。レオナンの弟子のPerotin(ペロタン)は、レオナンと同じこの曲を、4人で歌わせました。まだ調性も無いこの時代に、これほどの複雑さを持つ知的な音楽が書かれていたことは、本当に驚くべきことです。

こうなると、それぞれの旋律よりも、全体としてどう響いているか、ということに重きが置かれるようになります。こうして、対位法和声法が徐々に分岐していくことになります。

その後訪れるルネッサンス時代は、より複雑な対位法が用いられることとなり、限界まで発展していったといえます。また、この時代から、協和音程は3度・5度・6度・8度となりました。完全4度は(条件付きではありますが)不協和音程の仲間となり、中世までは不協和音程だった3度・6度が協和音程となります。このように、時代によって協和音程と不協和音程の定義が変わっていくという事実は対位法の理解に大切です。

1725年にオーストリアの作曲家・オルガニスト フックスによって「パルナッソスの階段」(Gradus ad Parnassum、”芸術を極める道のり”という意味)という本が執筆され、ここに書かれた厳格対位法が対位法の模範となりました。

対位法を実践しよう

厳格対位法は、全音符からなる定旋律(Cantus firmus、略してC.F.)に、対旋律を付けていきます。最も簡単なものは、全音符対位法で、対旋律も全て全音符になるようなものです。

★ここからは次の☆まで、根気のある方だけお読みください。

用語の説明

声部:ひとつの旋律線のこと。合唱でいうところのパート。

複音程:ある音程をオクターヴ(あるいは2オクターヴ、3オクターヴ・・・)離したもの。

例)長3度の複音程は長10度、長17度、…

協和音程:完全1度、長短3度、完全5度、長短6度、完全8度と、その複音程

(完全4度は片方が最も低い音でなければ協和音程だが、ここでは不協和音程とする)

不協和音程:協和音程でない音程(2度、4度、7度、増減音程とその複音程)

順次進行:1つの声部内でつながった2つの音が長短2度であること

跳躍進行:1つの声部内でつながった2つの音が3度以上であること

保留進行:1つの声部内でつながった2つの音が完全1度であること

上行:1つの声部内でつながった2つの音が低い音から高い音へ行くこと

下行:1つの声部内でつながった2つの音が高い音から低い音へ行くこと

並行:2つの声部が両方とも上行または下行すること

反行:2つの声部において、片方が上行して、もう片方が下行すること

斜行:2つの声部において、片方が保留進行で、もう片方が上行または下行すること

全音符対位法のルール

①対旋律は必ず1小節に1つの全音符となる

②全ての音は、調性に基づく音である

※長音階・和声的短音階・旋律的短音階・自然短音階で説明できる音のみを使う

③全てのつながった2つの音は、完全1・4・5・8度、長短2・3・6度のいずれかである

※教科書やスタイルによっては完全1度や長6度が禁止されることもある

④開始の音も、終了の音も、完全1度か完全8度かその複音程

⑤2声部間の全ての音程は協和音程になる

連続同度・連続8度の禁止:2声部間で完全1度、完全8度とその複音程が2回連続してはならない(完全1度→完全8度も禁止)

連続5度の禁止:2声部間で完全5度とその複音程が2回連続してはならい

並達同度の禁止:2声部間で並行で進行した後の音程が完全1度になってはならない

並達5度・並達8度の禁止:並行で進行し、かつ上の声部が跳躍進行のとき、後の音程が完全5度・完全8度とその複音程になってはならない

声部の独立性:2声部間で同じ度数の音程で4回以上連続してはならない(3度が4回連続など)

対斜の禁止:2声部間の連続した2つの音の関係で、異なる声部で増1度を作ってはならない

三全音:一連の連続する上行または下行する旋律の最初と最後が増4度になってはならない

(他にも諸規則あり)

☆以上です!早速始めてみましょう!

音程通りに書く練習

まず、数字が付いた定旋律(C.F.)を提示します。

各音符の上に、その数字の度数となるように音符を書いて和音を作っていきましょう。

これは注意深くルールを一つずつ確認すると、全てクリアしていることがわかります。

同じ定旋律に次のような対旋律を作ることもできます。

もしよければ自力で考えてみてください。結果は次のようになります。

このように、同じ定旋律にもいろいろな対旋律を付けることができます。

悪い例

これまで良い例を見てきましたが、悪い例も見てみましょう。

泣きたくなりますね。禁止されていること(禁則)が多すぎて、始めのうちは何をやってもうまくいかず、つまらないパズルのように感じられてしまうこともありますが、良い形を自分の中にたくさん積み上げることによって、自然に禁則を避けられるようになってきます。

対旋律を下声部に作る

これまでは定旋律の上に対旋律を作ってきましたが、もちろん定旋律の下に対旋律を作ることができます。上で扱った定旋律を1オクターヴ上げて、その下に対旋律を作ってみましょう。

短調の定旋律

長調だけでなく、短調の対位法もあります。短調のほうが複雑な音組織になっているため、とくに⑪対斜の禁止に気を付ける必要があります。例えば次のような定旋律があったとしましょう。

この上に対旋律を付けてみましょう。

下側にも付けてみましょう。

二分音符対位法

全音符対位法では、まだハモリの域を抜けていませんでしたが、二分音符対位法になると、かなり本格的な対位法になってきます。ルールは次の通りです。ほとんど全音符対位法の時とおなじようなことを言っているのですが、独自のルールもあります。

★ここから☆まで飛ばしてしましましょう。

①対旋律は最初と最後の小節以外必ず2つの二分音符である

②全ての音は、調性に基づく音である

③全てのつながった2つの音は、完全4・5・8度、長短2・3・6度のいずれかである

④最初の小節は、最後の小節において、強拍を二分休符とし、弱拍から定旋律と完全5度・完全8度とその複音程のいずれかから始める

⑤最後の小節の対旋律は主旋律に対して、完全1度・8度とその複音程のいずれかの全音符となる

⑥2小節目以降強拍の2声部間の音程は全て協和音程になる

⑦2小節目以降の弱拍は、和音構成音・経過音・刺繍音のいずれかである

⑧-1連続同度・連続8度の禁止:2声部間の完全1度、完全8度とその複音程が2回連続してはならない

⑧-2 2声部間で連続する強拍あるいは弱拍において、完全1度、完全8度とその複音程が2回連続してはならない

⑨-1連続5度の禁止:2声部間の完全5度とその複音程が2回連続してはならない

⑨-2 2声部間で連続する強拍において、完全5度とその複音程が2回連続してはならない

⑨-3 2声部間で連続する弱拍において、その両方が和音構成音であるときに限り完全5度とその複音程が2回連続してはならない(教科書によって差がある)

並達同度の禁止:並行で進行した後の音程が完全1度になってはならない

並達5度・並達8度の禁止:並行で進行し、かつ上の声部が跳躍進行のとき、後の音程が完全5度・完全8度とその複音程になってはならない

声部の独立性:強拍において同じ度数の音程で4回以上連続してはならない

対斜の禁止:2声部間の連続した2つの音の関係で、異なる声部で増1度を作ってはならない

三全音:一連の連続する上行または下行する旋律の最初と最後が増4度になってはならない

☆では、実際に二分音符対位法を試してみましょう。例によって、定旋律を書きます。

さて、これをもとに対旋律を書いてみましょう。

その後の学習

二分音符対位法を下に対旋律、短調についても上下それぞれ、とやった後は、

四分音符対位法

移勢対位法(対旋律がシンコペーション)

華麗対位法(対旋律のリズムが自由)

と進みます。ここまでは声部が2つでしたが、さらに3声になって、

①対全音符対全音符

②対全音符対二分音符

③対二分音符対二分音符

④対二分音符対四分音符

⑤対移勢対二分音符

⑥対移勢対四分音符

⑦対二分音符対華麗

⑧対移勢対華麗

⑨対華麗対華麗

と進んでいきます。もちろん、全て上下に対旋律を付けて、短調でも行います。

そしてこの次は4声です!楽しいですね!!

このような地道な訓練の連続によって対位法を身に付けていくことになります。

対位法を習得したら

対位法を理解できると、様々な利点があります。

良い旋律を書けるようになる

対位法の訓練は、音と音の組み合わせというだけでなく、良い旋律を書く訓練でもあります。単調にならず適度に起伏があって、歌いやすく、リズムも面白い、そんな良い旋律とはどのようなものなのか、対位法から学ぶことができます。

良い伴奏を書けるようになる

定旋律に対して様々な対旋律の付け方を学ぶことで、伴奏付けの幅も広がります。旋律に適した伴奏というだけでなく、伴奏にも歌心を持たせることができるようになります。

和声感が身につく

和声法と対位法は分離したと話しましたが、結局この2つは切っても切り離せません。和声法も対位法的に優れている必要があります。

曲の細かいところまで聞くことができるようになる

同時にいくつもの声部を同時に処理するという能力は、演奏中や鑑賞中に細かいところまで聞くことができるようになります。また主旋律にはない「隠れ旋律」を見つけると、より立体的に音楽を捉えることができます。

フーガ・カノンを書ける

フーガとカノンは対位法の極致です。この2つの形式は対位法を身に付けなければ絶対に書くことができません。

作曲技法の最高峰「フーガ」って何?

「カノン」って何?言葉の意味から作り方まで

新しいアイディアの糧となる

冒頭で紹介した「ウェストサイド・ストーリー」の五重唱は対位法を極めた人でないと思いつけないアイディアでしょう。また、思いついたとしても、実際に作曲するのは不可能です。対位法はこのようにびっくりするような組み合わせ・アイディアを生み出す土台となります。